珍しい彼岸花を育ててみませんか
球根の通信販売  彼岸花の城下農園
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曼珠沙華(マンジュシャゲ)


 曼珠沙華 たんぼ畦道 赤く染め (草堂子)

彼岸花は曼珠沙華(マンジュシャゲ)とも呼ばれ、秋の風物詩として、詩歌や絵画などにも盛んにとりあげられる、日本を代表する野生植物です。
遠い昔に中国大陸から渡ってきたといわれますが、日本各地の路ぼう、あぜ道、土手などに自生していて、秋の彼岸のころには、あたり一面を真っ赤に彩ります。


曼珠沙華 野にも街にも よく映えて
彼岸類(リコリス)には数多くの野生種、園芸種がありますが、そのなかでも、色といい造形の妙といい、日本の彼岸花 曼珠沙華が際立っているように思います.
その曼珠沙華も、都市化が進むにつれて、生育地はだんだん狭められていくようです。
それに、放棄されて荒れる耕作地が多くなると、あぜ道などの曼珠沙華もだんだんとヤブに埋もれていきます。潅木などが生い茂り陽光が当たらなくなると、曼珠沙華は生きてはいけ
ず、自然と消滅してしまいます。その代わりとでもいうかのように、住宅地の庭先などに、曼珠沙華や白花ヒガンバナが咲いているのをよく見かけるようになりました。
土手やあぜ道などに、赤いじゅうたんをしきつめたように群生している曼珠沙華は、壮観で見応えがあります。そしてまた、民家の庭先などにぽつんと咲いている数輪の曼珠沙華にも、なにかホッとするような、なつかしいような気持ちにさせられます。
  曼珠沙華 頬赤く染め 寄り添いぬ 人目忍んで 生垣の下 (矢神 春子)

近年は村おこしの材料としても人気を集めており、道路沿いや休耕地などの環境美化事業にもよく使われるようです。自然公園やレジャー園などでも曼珠沙華が盛んに植えられて、花の季節には来園者の目を楽しませています。
花だけではなく、緑の少ない冬場の葉も観賞価値があります。道路の緑地帯や、のり面工事などにも曼珠沙華がよく使われるようになりました。
多年生の植物ですから、一度植栽すればほとんど手がかからず、とても経済的な緑化材料です。これからも曼珠沙華の出番は多くなってきそうです。


曼珠沙華はどうして広まった?
曼珠沙華が日本各地に広がったのは、どうしてなのか。
@飢饉のときの食用救荒植物として植えられた。
Aモグラやネズミなどの害獣除けに、畦道や土手などに植えられた。
B土葬の時代に、害獣から遺体を護るために墓地に植えられた。
C斜面などの崩落防止用として植えられた。
など、もっぱら実用面から考察される傾向があるようです。果たして、それだけだったのでしょうか。

今の時代のように、色彩豊富な花々が多くはなかったであろう大昔の人にとって、深紅の曼珠沙華との出会いは、それこそ衝撃的なことではなかったでしょうか。
華麗、妖艶、神秘、霊妙、幻想的、情熱的、あるいは不気味、毒々しいなど、曼珠沙華に対するイメージは人それぞれです。それでも、多くの人が曼珠沙華に魅せられ、「うちの近くにも一株を・・・」ということになり、それが日本各地に広まっていった。そういう面も多分にあったのではないかと思います。


曼珠沙華は種子ができないので、自分の力で生育地を大きく移動させることはできません。しかし、人間の力によって一旦移動がおこなわれるとどうでしょう。暑さ寒さや乾燥にもかなりの程度までは耐えられる強じんな性質と、分球による旺盛な繁殖力とを持ち合わせています。たった1球からでも、時間をかけると大きな群生をつくることができます。
年数の経った曼珠沙華の自生地では、球根がすごい数になっています。おしくらまんじゅう状態になって、球根が浮き上がっているのをよく見かけます。あなたが、その中の一株を掘り取って、ほかの場所への移動をちょっと手助けしてあげると、曼珠沙華の生育地がさらに広がっていくことになります。


昭和57年7月に、長崎大水害といわれる大きな災害がありました。集中豪雨によるガケ崩れや土石流、河川の氾濫で多くの犠牲者が出ました。秋になってから、土砂やガレキに埋まった川べりの田んぼに、ぽつんぽつんと曼珠沙華が咲きました。おそらく、上流の方の曼珠沙華が流れ着いたものです。話には聞いていたのですが、こういう広がり方もあるんだな、ということを実感しました。
災害復旧や区画整理の事業により、そのときの田んぼも住宅地に変わりました。ところどころに、曼珠沙華や黄色の彼岸花(ショウキラン)が植えてあるお家が見られます。


大震災に遭われた気仙沼の中学の生徒さん達が、夏にたくさんの曼珠沙華を植えられました。数年もしたら、数が増えてすばらしい景観になると思います。被災地のみなさんにいくらかでも元気を与えてくれたらいいなと思います。
人間の近くでずっと生きてきた曼珠沙華と、曼珠沙華に魅せられた人間。その深いかかわりは、これから先もずっと続いていくことでしょう。


彼岸花の別名、呼び名
「彼岸花」の名前の由来は、秋の彼岸のころには、毎年決まって花が咲くことからきたものでしょう。春の彼岸、秋の彼岸と、年に2回咲くから「彼岸花」ではないのか、という人もありますが、残念ながら春の彼岸には、葉は茂っていても花は咲いてくれません。
枯草の中でふさふさとした葉を茂らせて、太陽の恵みを独り占めしていた曼珠沙華も、春の彼岸のころからは、生えてくる周りの雑草と競り合いをしながら、球根にエネルギーをたくわえていかなくてはなりません。
 曼珠沙華 葉のふさやかに 春彼岸 (矢神 春子)

「彼岸」は、仏教では悟りの境地とか極楽浄土を意味するそうです。
一般的な春の彼岸、秋の彼岸は、気象的には昼夜の時間がほぼ同じになり、「暑さ寒さも彼岸まで」のことわざどおり、季節の変わり目でもあります。秋の彼岸のころになると、残暑も和らぎ随分としのぎやすくなりますね。仏事とのかかわりも深いこの時季に、ぴったり合わせたかのように咲き誇る曼珠沙華に、大昔の人も何か因縁めいたものを感じたのではないでしょうか。


「曼珠沙華」もやはり仏典の中の言葉のようです。古代インド語で、「天上の花」の意とか。
小さいころに読んだ童話に竹取物語がありますが、かぐや姫は絶世の美女で、月からの使者だったように記憶しています。
曼珠沙華にも、この世のものとは思えないような妖しい美しさと魅力があります。もしかしたら、秋の彼岸に全国津々浦々をまっ赤に染めよ、というミッションを与えられて、天界から舞い降りてきたのかもしれませんね。


有名な長崎歌謡の「赤い花なら 曼珠沙華 オランダ屋敷に雨が降る」をはじめ、詩歌などには「曼珠沙華」のほうがよく使われています。エキゾチックさ、妖艶さ、神秘性などを表現する言葉としては、「彼岸花」よりも「曼珠沙華」のほうがふさわしいのかもしれません。
テレビで聴く歌では、森昌子が「彼岸花」、山口百恵が「曼珠沙華」ですね。そして、百恵の曼珠沙華は、「マンジュシャゲ」ではなく、「マンジュシャカ」と読んでいます。「マンジュシャカ」のほうが、ちょっぴりハイカラに響きますね。


関東の百恵ファンから、山口百恵には「悲願花」もあるよ、という知らせをいただきました。そして、野路由紀子の「彼岸花」、二葉あき子の「恋の曼珠沙華」、小林旭の「曼珠沙華」もあるそうです。そうなると、あのアジアの歌姫テレサ・テンにも「曼珠沙華」を歌ってほしかったです。そしてまた、AKB48が、現代風に、にぎにぎしくて和気いあいとした「曼珠沙華」を歌ってくれたら、それもいいだろうな、そういう気がしてきました。


彼岸花の呼び名、方言名は、曼珠沙華だけではなく、ほかにも何百とあるようです。彼岸花が昔から日本人の身近な植物だったということを物語るものでしょう。
ちなみに、日本の彼岸花・曼珠沙華の学名は 「Lycoris radiata」 といい、radiata(ラディアタ) は、「放射状」を意味するそうです。曼珠沙華の花姿をそのまま表現したぴったりの名前ですね。

彼岸花には、「葉見ず花見ず」という呼び名もあります。花が咲くときには一枚の葉もなく、葉があるときに花は咲かないという、ほかの植物とはちょっと変わった生活スタイルを、うまく言いあらわした呼び名だと思います。
花の印象が強烈なだけに、葉のほうはあまり注目されないようですが、枯草の中に濃い緑色の葉がかたまっている風景は、遠くからでもよく目立ちます。
 
      葉見ず花見ず秋の野に
         ぽつんと咲いたまんじゅしゃげ
           から紅に燃えながら
             葉の見えぬこそさびしけれ
 (中 勘助)


彼岸花の花言葉
彼岸花の花言葉は、「悲しい思い出」だそうです。墓前に咲いた彼岸花を眺めながら、亡き人を偲んで悲しみがよみがえる、そういう想いからつけられたものでしょうか。
あるいは、人間は秋になると気分が落ち込み、なんとなくもの悲しい気持ちになることも。そうした気分の中で、幻想的な赤の彼岸花を目の当たりにして、ますます感傷的になり、悲しい思い出が次から次へとよみがえってしまった、そういう場面も想像できますね。
逆に、情熱的で華麗で強烈な赤の彼岸花との出逢いは、悲しみ・悩み・疲れをふっ飛ばすよいきっかけにもなりそうです。人を元気で前向きな気持ちにさせてくれそうですが、みなさんはいかがでしょうか。


ところで、彼岸花類を園芸の世界では「リコリス」と呼んでいるのですが、こちらの花言葉は「情熱」「再会」だそうです。加えて、「潔い愛」「つかの間の恋」はどうでしょうか。
以下は、リコリスの園芸種をたくさん作出された平尾秀一さんの言葉です。

「なにもない裸の地面からある日突然ひょっこり蕾が顔を出し、2〜3日のうちにすくすくと花梗がのびて、色とりどりの華麗な花を開き、その後ほんの数日のうちに惜しげもなく花を終えて、後にはふたたび何もない裸の地面が残るだけです。ちょうどデートの時間を待ちわびるときのように、もうそろそろきてくれそうなものだと心待ちしているうちに、きらびやかに元気よく、しかもだしぬけにやってきたかと思うと、ゆっくり語り合う暇もあらばこそ、ではまた来年ね、とたちまち去ってしまういさぎよさが、リコリスの不思議な魅力です。」

 (ガーデンライフ 1977年11月号から抜粋)


曼珠沙華 花は咲けども 想い実らず
日本の彼岸花 曼珠沙華は、染色体というのが三倍体という構成になっているらしく、花は咲いても実はつきません。三倍体植物というのは、生殖の能力が欠けているんだそうです。
曼珠沙華には、ハチやアゲハチョウがよく訪れますから、受粉の機会は存分にあるのでしょうが、それだけで終わってしまうんですね。
 曼珠沙華 蝶とたわむれ ゆらゆらり (矢神 春子)

中国産といわれる彼岸花(リコリス プミラ)は、日本の曼珠沙華よりやや小ぶりですが、よく実がつきます。日本の曼珠沙華と異なって、染色体が二倍体なのだそうです。花後、黒光りのする丸い種子がつくので、そのまま蒔いておくと、うまくいくと5〜6年で花が咲きます。ほかの品種との交配にもよく使われ、美しい園芸種がたくさん生まれています。


植物は通常、実を成らせるために花を咲かせるのではないのか?
曼珠沙華は何故、三倍体などという構成になってしまったのか?
彼岸花の出生地といわれる中国の彼岸花が二倍体なのに、日本に渡ってきた彼岸花は何故、三倍体なのか? ひょっとしたら、遠い昔に日本に渡って来る前に、あちこち寄り道をして変化しまったのではないのか、あるいは、中国とは全く別の方面から渡って来たのではないのか?
いろいろと考えをめぐらしたり想像したりすると、不思議でいっぱいです。


かなり前のことになりますが、偶然、野生の曼珠沙華の中に実のついているのを数粒見つけました。そのまま蒔いておいたところ、1粒だけが無事に育って花が咲くようになりました。
花は普通の曼珠沙華そのものですが、これには実はつきません。性質や繁殖力は普通の曼珠沙華に比べたら弱く、30年以上経ってもほんの少ししか殖えていません。
栗田子郎さんの分析では、
この個体は染色体の一部が欠損した三倍体だったそうです。成育が遅いのは、染色体の欠損の影響と思われる、ということです。
(栗田子郎著 ヒガンバナの博物誌(P47・P52)より)
みなさんも、お近くの曼珠沙華に実がついているものがないか、じっくり観察されてみてはいかがでしょうか。


彼岸花の毒性と薬効
彼岸花の球根を薬に使うから、といって購入された方があります。話を伺うと、彼岸花の球根をすりおろしたものをガーゼに包んで、寝る前に両足の土踏まずに貼り、包帯で固定しておくのだそうです。身体のむくみや膝の水腫、肩こりなどに効用があるということです。
ただし、彼岸花の球根には「リコリン」という有毒成分を含むということですから、外用薬として用いるのはいいかもしれませんが、口にはしないように注意する必要がありそうです。


彼岸花は、昔は飢饉のときの救荒植物としても使われたといわれます。球根をすりおろして水にさらして毒を抜き、食用にしたのだそうです。ホントに大丈夫だったのでしょうか。
彼岸花の球根を傷つけると、粘り気があっていかにも栄養豊富、成分も濃厚といった感じです。糊の代用品としても使ったそうですが、強い粘り気からするとなるほどと思います。
食用として、おいしくて有毒成分が含まれない品種を作り出したり、工業的に有毒成分を取り除く方法、あるいは、薬用としての活用法等を研究してみると、いろいろとおもしろいような気がします。


彼岸花には「シタマガリ」という凄い呼び名もあるようです。勇気がなくて試したことはありませんが、よほど苦いか辛い味がするのでしょうか。
子供のころに、彼岸花の花茎の汁が触れると出来物がするぞ、とおどかされた記憶があります。経験上、花茎の汁に触れただけではその心配はありません。どうやらこれは彼岸花にとっては濡れ衣のようですが、あるいは個人差があるのでしょうか。


びっくりするは、彼岸花大好きの虫がいることです。「ハマオモトヨトウ」という蛾の幼虫で、黒と白のグロテスクな姿をしています。花茎や葉に卵を産み付け、幼虫がたちまち球根まで食いつくしてしまいます。彼岸花の有毒成分をどのように処理して栄養源にしているのか、不思議なことです。
ハマオモモトヨトウの解毒のメカニズムを解明したら、なにか医学の面でも応用できるような気がしますが、どんなものでしょうか。


彼岸花 そこのけそこのけ モグラが通る
彼岸花の近くにはモグラやネズミが寄りつかない、という田舎伝説があります。
田の畦に彼岸花がよく植えてあるのも、モグラの穴から水漏れするのを防ぐためだ、とうことがよく言われます。タモリさんの「目がテン」でも、彼岸花を使ってネズミを寄せつけない方法を実証してみせていました。
ところが、わたしのところでは、畑に堆肥を入れるため住み心地が良いのか、彼岸花の畑にもモグラが平気で入り込んで来ては土を盛り上げます。
彼岸花を永く植え放しにした畑では、球根の根が張りつめるせいか、だんだん侵入する数が少なくなってはくるようですが・・・。


彼岸花の畑には、モグラのエサになるミミズが少ない、ということもよく言われることです。言われてみればそのような感じがします。
そういうわけで、モグラがほんとうに彼岸花の毒の成分を嫌ったり怖がったりして寄り付かないのか、ミミズが少ないから敬遠するのか、あるいは、彼岸花はしっかりと根を張るので物理的に侵入しにくくなるのか、そこのところはよくわかりません。ホントのところはどうなのか、モグラに訊いてみたいところです。
彼岸花の球根そのものが、モグラや野ネズミに食われるということはありませんから、有毒性についてしっかり認識していることだけは間違いありません。それこそ動物の本能で、食ったらいかん、ということがわかっているんでしょうね。


曼珠沙華 行ってみたいね よその国
日本を訪れた海外のお客さんが、日本の彼岸花 曼珠沙華を目にして、たいへん興味を示されるとのことです。
園芸誌で見たことがありますが、アメリカの南部の諸州には、ずっと前に植えられた曼珠沙華が、それこそ数百万株も群生しているということです。遠く離れたアメリカで、春は桜、秋は曼珠沙華と、日本の花が咲き誇るというのは、素晴らしいことですね。


鹿児島県の沖永良部島の圃場では、曼珠沙華の生育が良好とのこと。沖縄県の首里城近くでも、曼珠沙華が見事に咲いているのを見かけました。同じように、気候の温暖な外国のリゾート地などでも、うまく育ってくれそうです。
日系の人が大勢住んでおられる南米ブラジルあたりでも、日本を代表する花、曼珠沙華が鑑賞できるようになったら、きっと喜んでもらえるのではないでしょうか。
日本とは逆の気候になる、ニュージーランドやオーストラリアなどの人たちに育ててもらえれば、日本の春の彼岸のころに開花することになるはずです。日本と同じように、果樹園の下などで咲いてくれればいいなと思います。


先の大戦で悲劇の地となったアジアそやそのほかの各地にも、曼珠沙華が咲いたらいいなと思います。今でも、たくさんの遺骨が日本に帰還できないまま、異国の地に眠っているということです。
寒冷地など、気候の関係でうまくいかないところもあると思いますが、現地の人たちにも協力していただいて、曼珠沙華をなんとか咲かせられないものかと思います。
望郷の念にかられながら眠っておられるであろう戦争犠牲者の方々にも、なつかしい故郷のことを、いくらかでも感じてもらえるのではないだろうか、と思うことがあります。


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